■風の記憶■
2 一時の家族
それから毎年。 其処を訪れる度に、僕は彼女を訪ねて行った。 彼女の家で、綾香さんや、彼女の御祖母さんから、村に伝わる昔話や逸話を聞くのが、僕は大好きだった。 初めて出会った年、彼女との約束通りに両親に話をして、再び大河内家を訪ねる時は、実際のところ大騒ぎだった。 大河内家というのは、昔から続く所謂旧家で、大地主。それもあって、周囲が大河内家に対して距離を置いているのだと、そう説明されてもピンと来ない。 子供の僕には、何故そんなにみんなが大騒ぎするのか全く解らなかったのだ。何故、あの家に行くのを怒られなくちゃならないのか、と。 結局は、綾香さんが間に入ってくれて、それで問題解決に至ったらしい事を知ったのは、ずっと後になってからだったけれど。そんな風な騒ぎを乗り越えて、僕は大河内の家に毎年の様に行くようになったのだった。 大河内家で暮らしていたのは、綾香さんの両親と祖父母、それから綾香さんのお兄さんが一人。数人の使用人さん。それから、僕なんかは『大お爺ちゃん』なんて軽々しく呼んでいた、綾香さんの曽祖父。広大な敷地・屋敷にはいささか少なすぎる気がしたものだった。 毎年訪れる僕を、けれど彼らはいつも喜んで迎えてくれた。 特に可愛がってくれたのが、村の人達が一番畏怖の対象にしていた『大お爺ちゃん』だった。僕はいつも彼の膝の上に座って、そして綾香さんや『お婆ちゃん』の昔話を聞いていた。 時には『お父さん』や『お兄ちゃん』と一緒に大きな木に登ったりもした。その様を見ては、大の大人が子供みたいに、と『お母さん』はいつも笑って、それでもその後には美味しいお菓子と飲み物を用意してくれた。 夏休みの間だけの、僕のもう一つの家族みたいだった。 夕方になると、最初はいつも恐縮しながら、僕を迎えに来ていた両親も、それが続くうちに大河内家の人達と随分と親しくなっていた。それは僕ら親子がその土地の人間ではなかったからだろうと、今なら思える。民宿のおじさんやおばさんの対応は最後までずっと変らなかったのだから。 そう。 僕が其処を訪れた、最後の年の、最後のその日まで、ずっと。 |