7.交通政策

市の交通政策ついては交通局のアンドレア・ヒルデブランド氏に研修を受けることができた。
(フライブルグ中央駅の交通接点の仕方はすばらしいと感じていた。)
フライブルグの街は1120年設立されたが、第二次大戦時に街は崩壊した。

復興に向けて2つの案があった。

一つは、崩壊をきっかけにすべてを新しくしていく案で、もう一つは大聖堂を中核として元に戻す案であった。当時の市議会では後者の案に決定し再建を進めたが交通の不便さが残った。

そこで1972年ヨーロッパでは路面電車からバスへの変革が流行となり、フライブルグ市もどうするかということになったが、わずかの差で路面電車を残す事となった。

しかし、この決定が今では良い結果となっている。

1989年今後の交通政策が市議会で決定し、市民へのサービスの向上と資質の向上を目的として5つの柱を作り上げた。
@   路面電車
A   自転車
B   静かな住宅
C   自動車
D   駐車場 以上の5点である。

まずBの静かな住宅であるが、市内時速30キロ制限を実施。そのために早く走れる道路も必要となり建設を検討。4車線で時速80キロの自動車道を建設(現在総延長500キロ)。

同時に1990年A自転車道の整備。質の向上と延長。現在では総延長415キロ

また、Dの市内駐車場は5000台にし、1時間2ユーロ(高い)とした。
この結果市内を訪れる人の65%が路面電車を利用している。

この20年間で2万5千人の人口増加と2万台の車が増加したが、自動車の利用はあまり変わっておらず、自転車は2倍以上に増えた。(歩行者は減っている)この背景には公共交通機関の整備が不可欠であった。

1980〜84年まで赤字が増加していた。どうするか・・料金を上げるか?そういった中、複雑だった運賃体系を1つにして、1ヶ月、1年の定期券を発行し前年よりも30%安くし、且つその定期を誰が使ってもいいという環境定期券を作った。(原発反対運動最高期)

1991年現在の地域定期券(レギオカルテ)とし、フライブルグ市とエメンディンゲン郡・ブライスガウホッホシュバルツヴァルト郡からなる2200平方キロ(人口60万人)の地域内ほとんどすべての公共交通機関(連邦電車・路面電車・バス12社)を対象として、1ヶ月35ユーロ、1年(10か月分)350ユーロである。

簡単且つ祝日・日曜日はその1枚で家族全員が利用できる特典がある。
この定期券によって28,500人が公共交通機関に変えた。

さらに利用客を増やすために、安いだけでなくどんなサービスをすればよいか?自動車の長所を分析し、早く目的地に着ける・いつも近くにあって便利などのことに対処し、バスの場合常に信号が青になるようにしたり、低床化・専用道化を行った結果2年後のアンケートではバス・路面電車のほうが速いと答えた人が多かったそうだ。

又、夏と冬に時刻表を変更し(冬は40%も利用が増加するため)冬は2分から6分間隔で運行。夏でも7.5分〜15分間隔の運行を行っている。

今後も新規路線を再開発地域の真ん中に敷設し400メートル以内に停留所を作ると共にそのまわりにパーク&ライド方式の駐車場を作って利便性を高めていく(現在も多くの停留所でP&Rの標識のある駐車場があり月〜金はいっぱいである。)

又、延長も考えており(シュネル・バーン)30分間隔での路面電車の運行が予定されている。尚影響を受けるバスについては現在の運行距離を減らすことの無いようシュネル・バーンの停留所までの運行を助成するように考えられている。

財政的には市と州が850万ユーロを民間に補助金として拠出し官民一体となって交通政策を行っている。フランスの一部でも路面電車が復活された成功例もあるそうだ。

 




メール

直線上に配置