■Imitation Blue■
1.Who Am I ?
二週間。長くはない、けれど決して短くもないその期間に、僕が知りえた情報はごく僅かだった。 まずは、崎守創と言う名前。性別は男で年齢は十九歳。たったそれだけ、最低限以下のパーソナルデータ。 どうしてこんな所に居るのか、どうして記憶を失くしているのか。そういった疑問に対する答えは、未だ謎のまま。 けれど、謎の白衣の団体様達の断片的な会話の中から、ある意味大きな一つの事柄を僕は得ていた。 この件に関して言えば、ごく僅かという表現はいささか不釣合いかもしれない。でも、だからと言って、今の僕の状況に何ら好転をもたらす事柄ではないのだから、やっぱりごく僅かな情報しか僕は手にしていないに等しいのだろう。 でも、これを知っているのと知らないのとでは、多分今後かなり色々な事において違ってくるのだと思う。 その大きな情報、それは……。 どうも僕は一度死んでしまったらしいのだ。そして何らかの事情で【蘇生】された、そういう事らしい。 何もかも解らない事だらけの中、新たに手にしたその情報は、結局新たな混乱を僕にもたらしただけというのが、まったくもって堪らない。 一体僕が何をしたって言うんだ。何でこんな理不尽な目にあわなきゃならないんだ。 そう思った所で事態はどうにも好転しやしないのは、この二週間で確かに学習済みなのだけれど。 それでもそう思わずにいられないのだった。 そして今日も僕はいつもの様に数人の男達に拘束されて、いつもの様に別の部屋に連れて行かれた。 拘束されて連れて行かれるだけならばまだしも、何をそんなに心配しているのか(もしくは期待しているのか)、毎回の如く僕の視界は黒いアイマスクに塞がれている。でもまあ彼らにしても、それ位の対処で何もかもを煙にまけるとは思っていないのだろうけれど。 その証拠に、彼らは毎回僕が目的の部屋につくなり、場所の確認をしようとする。勿論、僕はまるで把握出来てないように振舞ってはいるのだけれど。 でも本当の所、自分が連れて行かれている部屋が、限られた数部屋に渡っている事は認識済みだった。内装は丸で同じに整えられているけれど(その事自体には、はっきり言って呆れている。暇なのか彼らは。最も、往々にして彼らが、僕に関して手間も時間も金も惜しむつもりはないらしいと言う事は、かなり前に認識済みなのだが、僕も。益々もって、一体僕は何者なんだ?)、でもそれは確かだ。 恐らくそう認識出来る、その能力(と彼らは常に言う)が彼らにとって必要で、そして僕が【蘇生】された理由の一つなのだろう。 そう。他者から得た情報はごく僅かだけれど。彼らが行う検査や実験の中から僕が導き出した推測事項は、実は結構ある。勿論、それが正しいと言う証拠はどこにもないのだけれど。 僕が蘇生された理由の一部は、僕自身の持っているらしい特殊能力、それも一つではなく複数のそれらがあるのだと思う。 計算能力・言語認識能力、まあここら辺はまだ普通なのかな。特殊視覚・体感認識能力(正直言って正確にはどの事を指しているのか僕にはさっぱり解らない)、その他モロモロが本来僕にはあるらしい。 で、その中のどれか(もしくは組み合わせ)で、目隠ししていようと何だろうと、自分の今現在の位置を正確に把握出来るらしいのだ。そして、確かに僕にはそれが解っていた。 いやでも確かに当初は、別にそれはやろうと思えば可能な事じゃないのかなと、思わないでもなかったのだが。 例えばます部屋を出て右方向に何歩、そこを左に曲がって何歩、とかそんな風に認識すれば、車に乗せられて連れ出されてるわけじゃないのだから頑張れば覚えられる、と。 しかし。自分の事なのだが、実際そう簡単に把握出来る様なものではみたいなのだ。なにぶん彼らはやたら複雑に進路を取る。その上、曲がり角の曲がり具合も九十度じゃなかったりするし、時々彼らは僕を立ち止まらせては、その場で何回転もさせたりするのだ実際。 にも拘わらず、僕はその部屋の位置を把握している。我が事ながら、信じがたい。 「今君が居るのは、どの部屋だ」 今日も彼らはそう言って、僕の前に一枚の見取り図を広げる。詳しい見取り図を見せるのは危険だと思っているのか、相変わらず簡略化された実にシンプルな(その上、多分に虚構が混じっている。それに今僕が居る部屋は、その中にはない筈だ。緩いスロープを経て、違う棟に連れて来られているのだから)図を、僕は無言で見やった。 頭には無数の端子が繋がれている。視界の隅に、脳波を示す波が表示された画面が微かに見えた。けれどそれには気づかない振りをして、見取り図に目を戻した。 暫く考え込む振り。微弱に脳波が崩れる。計算済みの、それ。 「毎回同じ事させますけどね、判りっこないでしょう?目隠しされたまま、あんなにめちゃくちゃに歩かれて」 不機嫌を装って、僕はそう告げた。 再び、脳波の歪み。またしても、計算通りのそれ。 いいかげん無駄だと悟っても良さそうなものなのに、そう思いながら、僕は脳波をコントロールする。まったくもって、特殊な能力だよ本当に。まあだからこそ彼らは、目の前に示された脳波が本物なのか否かの判断を下せないのだろうけれど。 《脳波のコントロール》、普通じゃないその能力を僕が認識したのは、実はかなり前。と、言うか検査を始めた二日後だったりする。お陰で今現在、実に助かっている。 彼らは記憶を無くしている僕に、その記憶はともかく、特殊能力を思い出させたいらしく、その為の検査を僕は受けさせられている。そしてその経過や身体への影響を測るのに、脳波も利用しているわけだ。その指標の一つである脳波を故意に作り出す事で、彼らの判断を誤らせる、もしくは混乱させる事が出来ていた。 はっきり言って僕は彼らに対して猜疑心で一杯なのだ。素直に協力するつもりなんて全くないのだから、いい趣向返しになるってわけ。最も、それぐらいで行動を改めてくれる様な団体様じゃないようだけど。 でも正直言ってこの能力、自分自身でもかなり気味が悪い。自分の現在位置を把握出来る事なんかより、断然に。 これから一体どれだけの特殊能力が出てくるのだろ。そう考えると、気持ち悪くなってくる。自分自身が恐ろしい、そう思う。 そんな風に、普通なら脳波が完全に乱れてもいい筈の事を考えているのにも拘わらず、脳波には一向に変化がない。益々気持ち悪くなるよ、まったく。 暫くして。彼らは漸く諦めたのか、次の検査の準備へと入る。その間、僕の自由を奪っている拘束が解かれる気配は全くない。いつもの事とは言え、やはり気分は良くない。 脳波の歪みが、大きくなるのが見えた。この乱れは本物。これから数時間、僕は延々彼らの検査に振り回される事になるのだから、機嫌も悪くなろうってもんだ。 それでも。彼らがこの検査を止める筈はないし、僕自身も検査自体の中止を求めるつもりはない。 何かが解ると言うのならば。僕自身の事が解るのなら、少なくとも僕にとって無意味な物ではない筈だから。 そう。それが僕が大人しく検査を受けている理由なのだ。 数時間後、僕は別の部屋にいた。 そこでは、身体能力の検査と回復を目的としたはっきり言ってそれは実験だろう、と言うような事を彼らは僕にしてくれる。 だから、僕の人権は一体何処に行ったんだ……。いやまあ、それも今更だけど。 そして、再び僕は自分自身への疑問というか疑惑というか、とにかくそういったものに苛まされ、自分自身の事が解らなくなる。何故なら毎回毎回、検査の結果示される身体能力の数値が、通常の人を遥かに上回った数字になるからだ。 これも、彼らの言う【能力】になるのだろうか。 でも。 普通、一人の人間にこんなにも示し合わせたかのように、優れた、もしくは特殊な能力が表れるものなのか?それって、どれだけの確立の下に成り立つものなんだ? あまり深く考えたくない疑問だ。けれども、考えずにはいられない自分自身が、正直恨めしい。 でも、今僕自身が考えなければ、この事態は一向に進展しないのだろう事もよく判っている。 一体、いつになったら僕は僕自身の正体を掴めるのだろう。 そう思う反面。 知るべきではないのではないか、その思いが胸に渦巻いているのもまた、事実なのだけれど。 一日の大半を検査・実験に占められている僕自身が、一人の時間を取ることが出来るのは、昼間の数十分と、そして夜。でも昼間は誰かしらが必ず近くに居るから、完全な自由とは言い難い。 結果、本当に一人になれるのは夜だけになる。その上、彼らは睡眠までをも管理したいらしく、就寝時間は午後11時と決められている。一体どこの幼児なんだ僕は。 その上、その眠り自体も強制的に作られるのだ。やれレム睡眠がなんだとか、α波がどうとかと云う具合だ。頭には沢山の端子を繋げられた状態で、誰がリラックスした状態で休めるって言うんだか。 まあそれはいいとして(いや実質問題的には全然良くはないのだけれど……)、結局僕の本当に自由な時間はほんの二時間程度だけ。 その時間を、僕は大抵窓の外を眺める事に費やしていた。 何か理由があって、という訳ではない。本当に何となく、僕はそうやって時間を過ごす様になっていたのだ。 白に囲まれた、やたら清潔感漂う僕の独房には、大きな窓が一つだけあった。白いカーテンのかけられたその窓には、別に鉄格子がはめられたりしているわけではないので、外を眺めるのには全く何の障害もない。 でもやはり、独房にあつらえられた窓であるには変わりなく。やたら分厚いガラスがはめ込まれていて、殴った所で罅の一本も入りはしない。防弾ガラスでもはめ込んでるのか?酔狂な。 何でそんな事が判るかって、別に判っているわけではなく、あくまで推測。その推測の根拠は、そりゃあもうただ一つ。実際割ろうとしたからだ、すぐ側に転がっていた椅子を振り回して。実際は椅子がブチ壊れ、派手なアラームが鳴り響いたかと思うと、もうお馴染みの屈強なお兄様方を駆けつけさせた結果に終わったんだけど。 窓の外には別に何が見えるでもない。 視界に映るのは正面にある別の棟の壁と、遥か彼方上空に広がる、四角く切り取られた空。 その狭い空を、僕はただ眺めた。毎日毎日。青い空なんて、夜には見えやしないから。何もかもを吸い込んでしまいそうな、ただ真っ暗な夜の闇を、僕はただ、眺めていた。 その闇に吸い込まれて行きそうな感覚。それを恐れながら、でも同時にそれを望みながら。 決して何にも染まる事のない、その黒を。 眺める事で、僕は一体何を得ようとしているのだろうか。それすら、今の僕には、解る筈もない事なのだった。 |