■Imitation Blue■
2.疑問を含んだ手がかり
「一体、この事態にどう責任を取るつもりだね」 室内に響いた声に、その場に居合わせた人々全てが、全身に緊張を走らせた様だった。例の威張り散らした年配の責任者とおぼしきおじさんまで。 どうやら彼らよりも更に上層部に属する人間らしい。 いつもの部屋で(いやより正確に表現するのならば、実験室なんだろうけれど)。今、僕はベッドの上で眠っている事になっている。なっているって辺りが普通じゃないけれど。 意識はあるくせに、脳波はノンレム睡眠の形をとっている。全くもって普通じゃない状態だよね。 脳波のコントロールがそこまで効くようになったのは、自分で言うのも何だけれど、ひとえに僕自身のたゆまぬ努力の賜物だ。けれどまあ実際は、通常脳波のコントロールの応用に過ぎないのだけれど。ただ一つの問題点は、これはさすがにちょっとした油断で、脳波が元に戻ってしまうという点か。 なので今現在、僕はかなりの労力を要した状態で、睡眠状態を保っている。彼らの会話を全て聞き終える為に。 普段彼らは、あまり余計な会話をしてくれない。特に、僕自身に拘わる事柄は。 でも。今彼らの話題に上っているのは、まず間違いなく、僕の事だ。それも、冒頭の言葉からも推察出来る様に、僕の記憶喪失に絡む何事か。 上層部とおぼしき、こちらは皆一様に黒いスーツに身を包んだ団体様は(白い団体に黒い団体。あまり縁起はよろしくないな……)、僕が睡眠状態に入ったとほぼ同時に、この部屋に入って来た。そして、チラリと僕を眺めると(これは気配でそう察したにすぎないのだけれど)冒頭の一言を零したのだ。 「本当に彼の記憶は戻るのかね。いや、記憶なんぞどうでもいい、例の能力は戻るのかね。長い年月と莫大な資金を注ぎ込んで漸く完成した【守護者】なんだぞ。それを更に決して安くはない資金を注ぎ込ませたあげく、蘇生に失敗しただなどと、君達科学者の秀逸した頭脳とやらは飾り物なのか?」 「今回の件については確かに我々の不手際も大きな要因である事は認める。だからこそ今こうして回復作業に研究所のほぼ全員に近い人員を割いて力を尽くしているんじゃないか。それを軽々しく批判して欲しくはないな。大体にして、蘇生などという予定外の作業を行わなければならなくなった要因は、そちらにあるんじゃないかね?その件に関して言うならば、我々は感謝されこそ、非難される謂れはないように思うがね」 「口を慎みたまえ!一介の研究者に我々の事をとやかく言う権利はない。とにかく、一刻も早く彼の能力を取り戻したまえ。弁明はそれから聞く」 事情が解らない僕からしても、随分な言い様だ。 自分の事は棚に上げ、他人の非難だけは当然の様にするって辺り、こちらもまた問題ありな団体様のようだ。あまり関わり合いたい人種じゃないな。 それにしても、例の能力?それに、何だ?漸く完成した【守護者】? 能力に関して言えば、それは今までに得た情報で薄々勘付いていた事柄だから良いとしても、だ。何だその【守護者】って。それも漸く完成した?完成? 不意に気持ちが悪くなってきた。駄目だ、落ち着け自分。じゃないと脳波が……。 そうは思ったけれど遅かった。一瞬の気の緩みがすぐに乱れに繋がる、それは重々承知していたって言うのに! 微かなアラーム音に、全員が脳波計を振り返る。 有難い事に、ついさっきまで全員の意識は脳波形から離れていたから。目が覚める時とは僅かに違う脳波の動きには気が付いていなかったらしい。ゆっくりと意識が浮上する時の波動を、僕は慎重に作り出す。 「とにかく、これ以上の話は別室で。そろそろ彼が目を覚ます様だ。不必要に彼に情報を与えるのは、幾ら我々がそちらの支援を受けている立場だからと言って、ご遠慮願いたいのでね」 「それぐらいの事は言われずとも理解している。とにかく一刻も早くこの事態をどうにかしたまえ、それが君達の仕事であり存在意義なのだから」 そう言い残し、彼らは部屋の外へと出て行ったようだ。気配でそれを感じながら、僕はゆっくりと目を開く。 それから後は。それまでの事はまるで無かったかのように、いつも通りの検査と実験に突入で。 結局それ以上の情報を得る事は、出来なかった。 それでも。今日僕が聞きえた彼らの会話。それはきっと、僕自身に関して大きな手がかりになる、そういった会話だったのだろう。 何一つ、今の僕に無駄な事はない。それがどれだけ不快感を伴う物だとしても。そう改めて僕は感じたのだった。 |