■Imitation Blue■
11.隠された真実
「───あの時と、同じですね」 フフッと小さな笑みを零しながらそう告げて、僕はゆっくりと立ち上がった。 「──何?」 「僕と貴方が会った、最初で最後になる筈だったあの時、僕が最期に見たのが、貴方の僕を見下ろす、その視線でした……」 だからこそ、会う必要があったのだと、今ならそう解る。 「僕は貴方に感謝しなければならない。そして──謝罪も」 「どう云うことだ……。お前は一体誰なんだ?!」 「……僕は確かに【崎守創】です。貴方と直接会った創とは確かに別人ではありますが、それでも崎守創と呼ばれていた人間である事には、変わりありません」 そう。正確に言えば、あの時の僕は僕であって、でも同時に僕ではなかった。 でも、それを他人に説明しようと思うと計り知れない労力と、そして時間が必要になるだろう。今の僕にはそんな時間がある筈もないし、それにその事は目の前の彼にとって、さほど重要な事柄であるとは思えない。 「そして、僕がどれだけ多くの命を犠牲にして生まれてきたのかと云う事も、多くの命を奪い去ってきたのかと云う事も、全て動かし難い事実であって、その為に貴方が僕を憎み、僕の命を奪ったのだとしても、誰にも貴方を責める権利なんてない筈なんです。貴方がこうして、半永久的に服役する必要なんて、全くないんです」 僕は、彼を真っ直ぐに見据えたまま、そう言い切った。 そう。誰にも、彼を責める権利はない。罪を問う事なんて出来ない。そんな権利、誰にも与えられちゃいない。 何故なら……。 「全ての罪は、僕にあります。僕の死において、その原因も責任も、全ては僕自身に起因しているんですから……。貴方が悪いわけじゃないんです」 そこまで言って、僕は軽く周囲を見渡した。特に様子に変化はなかったけれど、でも一体いつまでこの状況が保つだろう。 「───お前は一体何がしたいんだ。俺に会って何がしたかったんだ」 不可解だと、ありありと表情に乗せ、彼はそう言う。 「僕には……全てを思い出す必要がありました。その為には、どうしても貴方に会う必要があったんです。そして、思惑通りに、思い出す事が出来た。忌まわしい過去を含めた僕に関わる全ての事、僕自身の事全てを……」 「思い出す……?」 「細かい経緯は不必要でしょうから省くとして、結果だけを言えば、僕は記憶を失っていました。記憶喪失ってやつです。でも、僕の何処か奥深い所にある意志が、貴方に会う事を求めた。唯一今でも命のある、たった一人存在している犠牲者である貴方に、会う事を」 「俺が犠牲者だって?お前の命を奪った俺が?はっ、馬鹿げた事を」 「事実です。貴方は僕のエゴの為に、今こうして此処に居るんですから」 「馬鹿馬鹿しい。俺が今ここに居るのは俺の意志だ。お前を殺した事は露ほども後悔しちゃいないが、それでもあの時、俺は自分の目的の為に多くの犠牲者が出るのを容認した。止める事の出来た事故を、俺は目的の為に放置した。その結果、あの爆破騒ぎで、命を落とした者も出た。それは間違いなく、俺の罪だ。その罪を償う為に、俺は服役を受け入れた。それだけだ」 「……いいえ。それさえも、僕のエゴが生み出した罪です。言ったでしょう?僕の死は、僕自身に起因すると。僕は貴方に殺されたんじゃない。僕は貴方に、僕を殺して貰ったんです。貴方が悪いわけじゃない。全てが僕の計画だったんです」 「計画、だと?」 「そう、計画です。僕が、【崎守創】と云う命を消し去る為に思い描いた計画。何故、貴方が僕を殺す事が出来たのか、考えた事はありますか?」 唐突な僕の問いかけに、瞬間彼は返す言葉を失って。暫くの沈黙の後、絞り出すように答える。困惑の色を隠しきれないままに。 「……それは、情報提供者の力があったから」 「そうでしょうね。けれど、その情報は、本来どんなに研究所内部に密通者が存在していたのだとしても、得る事が出来る類の物ではなかった。【守護者】プロジェクトは、限られた人間のみ知りえた物です」 「だが実際に、俺はその存在を知る事が出来た」 「ええ、そうですね。でも、それは大した問題じゃない。このプロジェクトに異論を唱える人間は、実際上層部や研究者の中にも存在していて、離脱する人達も居ましたから、プロジェクト自体に関しては外部に漏れる事は有り得ない事ではなかったんです。でも、離脱したからと言ってプロジェクトを公表したり、表立って批判したりする人は居ませんでしたね。誰だって、自分の身が可愛いのは当たり前でしょうから……」 バックが政府上層部だ。迂闊に言葉にしようものなら、命さえ危うい。研究自体から離脱するのでさえ、大きなリスクを伴う、そんな状態で。好き好んで、自らの命を危機に直面させつ人間なんて居やしない。いや、それ以前に。そんな危険性のある人間を、おめおめと離脱させる筈がないのだ。 幾人もの命を犠牲に、その事実は関係者の内に、暗い事実として刷り込まれていったのだ。 「それでも、そう云った人達を辿ってプロジェクトを知りえた人は、皆無ではなかったようですが。でも本来は、どんなに頑張っても、そこまでです。実際のプロジェクトに関しての情報は、強固なガードの元管理されていました。任務の執行日時・場所・方法……とてつもなく優秀なハッカーならまだしも、一市民であった貴方にそんな情報は回る筈はなかった」 「だからこそ、協力者が!」 声を荒げた彼に向かって僕は小さく頭を振って、その言葉を否定する。そうでは、ないのだ、と。 「たとえ貴方への情報のリーク元が、そんな優秀なハッカーだったとしても、知り得ない情報が、実は含まれていたと言ったら?」 「……何だって?」 「確かに。あの日、あの場所で、どう云った方法で。それは知り得る事が出来たでしょう。免疫力が極端に弱い身体の事も。でも……ナイフの件については、誰も知り得る事は出来なかった」 「……どう云う意味だ」 「【守護者】がナイフに対して微弱とはいえ拒否反応を示すなんて事は、研究のデータの中に一切なかった。何故なら、本人がその事実を隠していたから。どんな武器を目の前にしても、決して平常心を失わないよう常に注意を払い、そのデータを研究者達の前に示さなかったから。……それがどう云う事か、解りますか?」 話を聞いていた彼の顔に、驚愕の色が浮かんだ。まさか、という表情に、僕は一つ頷き、答えを示す。 「………貴方への情報リーク元は、僕だった。僕は、僕自身の命を絶つ為に、貴方の憎しみを利用したんです。もう一度言います。……貴方は僕のエゴの犠牲者なんです」 |