■Imitation Blue■

 4.記録上の事実



「さ〜てと、今日はどこからいくかな」
 僕は小さくそう呟き、目の前にある端末の画面を見つめる。
 今は昼休憩、そして場所は研究棟内にある図書館というか資料室というか、とにかく大量の書物のある部屋。そして目の前にあるのは資料検索用の端末。
 この端末で、一体どこまで潜り込めるのか、そこが問題だった。
 これが直接的にホストまで繋がっていれば、かなり嬉しいのだけれど。まあ、まず無理か。
 僕が目を覚ましてから一ヶ月半程が経っている。この半月の間で僕が手に入れたのは、この端末の利用許可。
 彼らが簡単にその許可を降ろすくらいなのだから、この端末がホストに直接繋がっている可能性は低いのだろう事は、承知している。それでも僅かにでも繋がっている可能性はあるわけで、それがたとえどんな些細な物でも、見つける事が出来たなら必ずホストにまで潜り込んでみせる。
 そうそれも、彼らが取り戻したがっている僕の【能力】の一つだ。勿論、まだ僕はその【能力】を取り戻した事を彼らに伝えてはいない。今の所彼らの認識は『ごくごく一般的な知識を取得したに過ぎないレベル』、そういう事になっているのだ。勿論、僕が意図的に植え付けた誤認識だ。
 しっかし彼らもなー、何でそう簡単に判断してしまうんだろう。僕が同じ立場ならとことん懐疑的に判断すると思うんだよね。だって、それだけ優れた【能力】を持っていた人間なのだから、例え記憶を失っているからと言って、その【能力】までも完全に失っているとは限らないじゃないか。それどころか、記憶を失っているからこそ、その【能力】を隠している事だって考えられる筈で。だから尚の事、もっとしつこいくらい検査なり何なりをしてから決断を下すべきだろう。
 いやまあ、一応検査だとか何だとかを、かなり受けさせられたりしてるけど。でもなあ……。判断下すの、絶対早いと思う。
 まあ、僕としては大助かりなんだから、別にいいけど。
 そんな風に彼らが僕に対して認識を甘くしている理由には、半月前に話をした彼女(結局あの後から今までに彼女とは一度も会えていないので、未だに名前は分からないままだ……)の言っていた、以前の僕のイメージが関係しているのだと思う。どう考えても他者に対して友好的な人間ではなさそうな感じだものな。その人間が、今の僕の様になってれば、自然と侮ってくれるのも道理だろう。
 しかしそれもいつまでもつのか、知れたもんじゃない。ので、僕としては今の内にそれを最大限利用させて貰うつもりではいる。
 その結果が、今のこの状況。
 手元に何冊かの本を置き、時々その頁をめくりながら僕はキーボードに指を滑らせる。なるべくぎこちなく見えるよう装いながら。その偽装はもう何て言うかまどろっこしくて正直暴れ出しそうだけれど、でも僕の目的が資料の検索じゃないだなんてバレたら二度と端末に手を触れる事は出来なくなる。そんなのは御免だから、はやる気持ちを押さえつけ、慎重に僕はホストへの接続を試みる。
 その作業は、今日でもう三日目だった。
 思った通り、資料室に据えられた資料検索が主目的の端末だから、そうそう簡単にホストへ潜り込む糸口は見つかってくれないけれど。それでも諦めるつもりはこれっぽっちもない。
 絶対に、繋がる筈だ。
 そう信じて、僕は再度キーボードに指を滑らせる。本日、十数度目の挑戦。
 直後、画面が変わった。
 パスワードの入力画面。
 誰か個人のパスワードを借用するわけにはいかない。記録が残るだろう。僕の個人パスワードもきっと存在するのだろうけれど、今の僕には知りようが無い。知っていても使える筈が無い。
 けれど、パスワード自体には規則性があった。それは複雑怪奇な計算式に則った規則性だけれど。
 迷わず僕は十桁の文字列を計算で弾き出し、そしてキーボードを叩く。
 数秒の静寂の後。
 端末は、ホストへの扉を抵抗無く開いてくれたのだ……。


 ディスプレイに表示された文字を目で追いながら、僕は激しい嘔吐感と戦っていた。これ以上読むのを拒絶する心と、それでも読む事を止められない心。
 極端な心の分裂に、気が狂いそうだった。
 それでも、僕は知らなければならない。真実を。
 僕が一体何者なのかを。何をしたのかを。そして、何故死んだのかを。


 書き連ねられた【崎守創】の記録。
 誕生から死、そして新たな誕生。
 『無表情で近寄りがたかった』『周囲を拒んでいた』……彼女の言葉の意味。
 僕の持つ特殊な【能力】。
 僕のしてきた事。
 そして、【守護者】の意味。

 ああ……。
 僕は生まれるべきじゃなかった。
 記憶を失う前の僕だけじゃなく。今ここに居る、新たに命を与えられた僕さえも。
 【崎守創】
 その存在自体が、生まれてくるべきじゃなかったのだ。
 赦される存在じゃ、絶対にない。


 何故、僕は生まれてきてしまったのだろう。
 何故、新たな命を得てしまったのだろう。
 記憶なんて、必要ない。能力なんて、必要ない。命すら、必要ない。
 僕に今必要なのは……永遠の眠り、ただそれだけ……。






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