■Imitation Blue■

 5.冒涜の生命(いのち)



 その日、僕は大幅に体調を崩した。
 正確に言えば、ホストに繋がった端末で、僕自身の【情報】を得た直後から、なんだけれど。
 【蘇生】されてから今まで。一度たりと体調不良を訴えた事のなかった僕の、いきなりの体調の激変に、研究員の皆様方は大騒ぎになっていた。
 与えられていた個室から、研究用の別室に移された僕は、ベッドの上でただ何もない真っ白な天井を眺めていた。
 体中に繋がる幾つもの端子。小さく唸る、幾つもの機械の作動音。忙しなく動き回る研究員達の足音。
 初めて僕が目を覚ました日の事が、思い起こされた。
 あの日、新たな間違いが生まれてしまったんだ。二度と生まれてきてはならない筈だった禁忌が、息を吹き返した。
 頭がガンガンする。
 元々外界に対しての免疫力に問題のあった僕が、ある程度【蘇生】時に手を加えられたのだとしても、毎日の様にフラフラと外を歩き回っていたのが問題だったのだ、と。彼らは今回の僕の体調不良を呼び起こした原因を、そう判断した。
 確かにそれは間違いじゃないのだろう。
 でも、それだけじゃない。
 僕の、僕自身への嫌悪感。拒絶意識。……つまるところは、自己否定。
 全てが一気に僕に押し寄せて、結局僕の身体がその負荷に耐えられなかった、それだけの事だ。
 このまま、放っておいてくれればいい。そう思う。そうすれば、この命を無かったものに出来るかもしれないから。
 けれど、彼らにそんな気がある筈もないのだ。
 そうでなければ、一度死んだ人間を生き返らせるだなんて暴挙に及ぶ筈もない。
 暴挙、もしくは神に対する冒涜。
 いや。既にこの存在自体が冒涜である以上、冒涜だとか暴挙だとか言える立場ですら僕はないのだろう。そう考える事自体が、既に罪だ。
 何故、何故、何故……。同じ言葉が延々と頭の中を駆けずり回る。止まらない。
 何故このまま終わらせてくれないんだ。
 何故、僕はまだここでこうして息をしているんだ。
 こんな結果は考えてもいなかった筈だ。要は、認識が甘かった、そう云う事なのだろうか。
 そこまで考えて、次の瞬間僕は自分自身の思考に目を見張る。
 どう云う事だ。
 考えてもいなかった筈?認識が甘かった?
 それは、一体【誰】が?
 自分自身の思考の筈なのに、けれどまるで覚えのないその考えに、眩暈がする。まるで、別の人間がもう一人この身体の内側にいるみたいだ。
 いや、実際の所、それが事実なのだろう。記憶を失ってしまう前の僕が、この身体の中の何処かに確かに存在しているのだろうから。
 けれど。
 何かが違う。
 僕の中の別の意識が、そう告げている。まるで警笛を鳴らすかのように。
 そしてそれと同時に存在する、これ以上を思い出すのは危険だと告げる、また別の意識。
 もう止めてくれ。
 自分自身の思考に、そう悲鳴を上げるだなんて、馬鹿げてる。
 自分自身の考えなんだから、止めたければ止めればいい。ただそれだけで、この苦痛からは解放されるのに。
 なのに自分の思考すら上手く掴めずにいるなんて。
 僕の何処かが、ゆっくりと壊れていく。そんな感覚。でも、何処が?
 考えるな。これ以上、考えるな。
 繰り返される、警告。ガンガンと鳴り響く、警笛。閉じた瞳の裏側で赤い光が明滅する。
 チカチカチカ……
 意識が何かに持っていかれる。
 明滅する光。鳴り響く警告アラーム。
 意識の遥か遠くで、何人もの研究員が脳波計を見て何かを口々に言い合っている。
 当の昔にコントロールを失っている脳波は、僕の胸中の動揺に合わせてメチャクチャな波形をきっと作っているのだろう。
 誰かが鎮静剤の投与を提案しているのを、頭の片隅で聞きながら、僕はゆっくりと目を開く。
 変わらず白い天井が見えた。けれど、まるで其れをスクリーン代わりにしているかの様に、目の前の明滅は止まらない。鳴り響くアラーム音も。
 不意に何かが腕に触れた。冷たい、感触。鎮静剤を打たれたのだと理解するのに、十数秒かかった。
 けれど。脳波の乱れはすぐには収まらなかった。当たり前だ。僕は別に興奮しているわけでもなんでもない。
 ただ、思考が思うままにならないだけだ。
 それでも、暫くすると意識がゆっくりと眠りに近づいていくのが解った。鎮静剤投与じゃなかったのかな。そう思いながら、別にどちらでも今の僕には大差ないと気付く。
 作り出された束の間の眠りに入る、その直前。脳裏に過ぎったものがあった。
 会いたい人がいる。
 咄嗟に浮かんだその思いは、けれどはっきりとした対象人物の姿を僕に示す事なく。呆気なく睡魔に絡め取られてしまったけれど。
 強く強く、その意識は僕の内に刷り込まれた……。




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