■Imitation Blue■
7.異質な生命
なかなか回復しなかった【守護者】としての能力を、突如遺憾なく発揮し始めた僕に、研究所の彼らは初めとてつもなく驚いていたけれど、それは本当に初めの内だけだった。 すぐに回復ぶりに狂喜乱舞し、それから例の黒づくめの方々まで押しかけて、てんやわんやの大騒ぎ。 何だ、こいつら。 自分の置かれている立場や、これからやろうとしている事。重く心に圧し掛かるそれらに押し潰されそうになっていた僕の精神は、胸中のその一言ですっかり霧散してしまっていた。 気が狂ってる。 目の前で繰り広げられる大騒ぎに、僕は胸中でそう呟く。 彼らも、そして僕も。 なんだって、こんな存在がそんなに大事なんだ。研究の成果だか政府の一大事だかなんだか知らないが、こんな狂った存在の何が大事だって言うんだ。 馬鹿げてる。狂ってる。この外界から切り取られた、異質な世界は。 僕の知りえない、外の世界も狂っているのか?こんな狂った存在を容認してしまう程に? それでも。僕はこの切り取られた狭い世界から出なければならない。たとえ外の世界すらもが狂っていたのだとしても、狂った存在である僕に何が言えるっていうんだ。狂っているのは、お互い様だ。 ……それでも、願わずにはいられない。 こんな狂った世界は、ここだけで十分だ、と。こんな狂った存在は、僕だけで十分だ、と。 そう、思わずにはいられなかった……。 【守護者】としての役割を再び僕が担うようになったのは、それから更に十日程経ってからの事だった。 【守護者】。 すこぶる聞こえの良いその呼び名は、けれど実際はとてつもなく不愉快な役割を示している。 自分自身の記録を知ったその時に、その存在の意味を知って。確かに僕は嫌悪感を抱いた、それは事実だったけれど。今の僕には、それすら意味を持っていないように思える。 目的の為なら何でもやってしまう、そんな自分に改めて嫌悪感を深めつつも、随行員に監視されながら任務を遂行する。そんな数日を僕は過ごしていた。 【守護者】。その言葉、いや言葉と言うよりは、ごく一部でのみ通用するその名称を冠して呼ばれる人間は、過去も含めた今現在、僕ただ一人だけだった。 だからこその希少価値。政府だか何だかのお偉いさん方が固執する存在。そして望まれた、能力の回復。 記憶の回復を求めたのが、最初の頃だけだったのも、今となってみれば簡単に納得がいく。 いっそ記憶なんて無い方が、彼らにとって好都合だったのだろう事は、過去の僕自身の記録を読めば一目瞭然だった。 過去の僕は、能力的には秀でていて、任務における正確さについても文句のつけようもない逸材だったらいしい。だがしかし、いかんせん性格面においては多大な問題を抱えていた人物だったらしいのだ。そんな、ある意味大問題な人格面が姿を消し、能力だけを引き継いだ形の今の僕は、彼らにとってみれば好都合で、大歓迎な状態なのだろう。 でも、その問題の性格が、僕の中で実は未だ健在である事を知ったら、彼らはどうするだろう。勿論親切に教えてやるつもりもないし、その内彼らはそれを嫌という程思い知る事になるわけだから、まあ別にいいのだけれど。 それに。 それは絶対に知られてはならない事だから。 僕が、僕の目的を果たす為には。絶対に。 それからの僕が【守護者】として行ってきた事は、どれだけの嫌悪感を抱いていたのだとしても、結局の所は記憶を失う以前の僕と何ら変わりはしなかった。 ただ一つ。人の命に関わる事を除いては。 どれだけ……。どれだけ自分の最終目的を果たすまでの経緯に必要な事だとしても。いや、だからこそ、もうこれ以上誰一人の命を奪う事も許せはしない。 僕が今奪い去りたいもの、それは僕自身の命であり、存在自体だ。それ以外で、もう二度と誰かの命を奪い去る様な真似はしたくない。 たとえそれが、今の僕の預かり知らぬ頃に犯された罪だとしても、僕が─崎守創と云う存在が、多くの命を消し去ってしまったのは、事実なのだから……。 |